緑内障における「房水」を科学する ~微量な物質から見えてくる緑内障のメカニズム~

Aqueous humor 緑内障治療の最前線

房水内の「生理活性物質」の研究

緑内障の発症や進行の危険因子の一つである眼圧上昇は、房水の分泌量と排出量のバランスが崩れることにより生じます。今回は、緑内障における「房水」について着目し、最近の測定技術によってごく微量の物質でも検出可能となった、房水内の「生理活性物質」の研究についてお話ししたいと思います。

房水と眼圧

水晶体と角膜の間のスペース(眼房)を満たしている液体を「房水」といいます。房水は眼球内に栄養を運び、老廃物を排出する役割をしており、毛様体で分泌され、シュレム管から排出されます。眼の形状はこの房水の分泌量と排出量のバランスによって一定に保たれており、そのときに生じる眼球内部からの圧力を眼圧といいます。何らかの理由でこのバランスが崩れ、房水の量が多くなり過ぎると、眼圧が高くなります。緑内障においては「排出量の低下」によって房水の量が多くなり過ぎることが、眼圧上昇の主な原因とされています。

生理活性物質の解析が、徐々に緑内障のメカニズムを解明

生理活性物質とは、生体機能を調節したり、影響を与えたり、活性化したりできる化学物質の総称です。ホルモンやサイトカイン、神経伝達物質などの生体内の物質だけでなく、天然に存在する物質も含みます。

以前から房水は特有の成分を含んでいることが知られていましたが、近年、Multiplex immunoassay法というタンパク質多項目同時解析システムの進歩により、房水内のごく微量のタンパク質についても検出が可能となり、様々な生理活性物質の存在が明らかになってきました。また、緑内障のタイプ(開放隅角緑内障、落屑緑内障、血管新生緑内障、ぶどう膜炎続発緑内障、閉塞隅角緑内障)によって上昇している房水内生理活性物質の種類が異なる、という研究結果も報告されました。このように緑内障に深く関連すると思われる生理活性物質を解析していくことで、徐々に緑内障のメカニズムが解明されてきており、新しい薬や治療法の開発に繋がることが期待されています。

その中から、緑内障の手術の成功率に関与するとされている房水内生理活性物質の研究についてご紹介したいと思います。

緑内障手術成功のカギとなる「房水内生理活性物質」

現在行われている緑内障手術の代表的なものに、線維柱帯切除術(トラペクレクトミー)があります。先ほどお話ししましたように、緑内障では主に房水の「排出量の低下」によって眼圧上昇が起こります。この手術は、房水の排出をスムーズにするために強膜の一部を切り取って新しい房水の排出口を作ります。「濾過手術」とも呼ばれています。新しく作った排出口を長い期間維持できるかどうかが、手術後の成績を左右しています。なぜなら、新しい排出口の「瘢痕化」が問題となるからです。手術後に瘢痕化が起きてしまうと、新しい排出口が塞がってしまうことになり、再び眼圧が上がってしまいます。いかにしてその瘢痕化を抑えられるかが手術成功のカギとなり、様々な薬の投与が報告されています。

房水の排出口の瘢痕化は、房水の成分に原因がある?

せっかく作った新しい排出口の瘢痕化は、なぜ起きてしまうのでしょうか?

手術によって傷がついた組織は、転んで膝をすりむいた時のケガと同じように、傷ついた瞬間から赤くはれたり、傷を埋めようと細胞が増殖したり、かさぶたになったり、という「治癒」にむけた反応が進んでいきます。瘢痕化、とはかさぶたのように傷口をふさごうと組織がギュッと堅くなったイメージです。そのため、新しい排出口を詰まらせてしまいます。この線維柱帯切除術では、新しい排出口を作るために強膜を切り取るわけですから、組織に傷がついたとたんすぐに房水が流れ込み、傷口は生傷のまま房水にずっと接触していることになります。そのため、以前から、手術後に瘢痕化がおきるかどうかは、房水の成分に原因があるのではないかと考えられていました。

より効果的な瘢痕化抑制剤による、緑内障手術の成功率向上に期待

傷ついた組織の治癒において重要な増殖因子の一つであるTGF-βは、早くから瘢痕化抑制のターゲット物質とされていました。TGF-βは、房水内ではTGF-β2という形で多く存在していることがわかりました。実際に、動物モデルを用いた手術において抗TGF-β2抗体を使用したところ、手術後の瘢痕化を抑制することが証明されました。まだヒトへの臨床応用は実現されていませんが、現在もTGF-β2を瘢痕化抑制剤として利用する研究がすすめられています。

VEGFは血管新生において重要な役割を持つ増殖因子として知られていますが、瘢痕化抑制の物質としても注目されています。抗VEGF抗体は、すでに眼の血管新生抑制の治療によく使用されている薬剤です。その薬剤が、まだごく少数の臨床研究の結果ではありますが、緑内障の手術においても瘢痕化抑制の目的で使用ができ、手術後の経過に貢献する可能性が示唆されました。

その他、CTGF、PIGF、MCP-1、炎症性サイトカインなども瘢痕化抑制の可能性がある生理活性物質とみられており、今後の研究でより効果的な瘢痕化抑制剤を見つけることで、緑内障手術の成功率が向上すると期待されています。

緑内障のメカニズムの解明にむけて

生理活性物質の種類や働きは、わかっているものだけでも膨大な数で、まだ発見されていないものや一つの物質でも複数の働きをするものなどを含めると、その可能性は未知数です。この房水内の生理活性物質の詳細な働きもまだ不明な点が多く、さらなる研究が行われています。ごく微量な物質と緑内障の関係性を追求していくことは、新たな緑内障のメカニズムの発見に繋がります。

また、房水は比較的採取しやすい検体です。様々な房水内生理活性物質の種類や働きが解明されることで、将来、血液検査のように房水を採取してその組成を調べることで、緑内障にかかるリスクがわかったり、現在の状態がわかったり、その人に合った治療の計画を立てられるようになると、「房水検査」として緑内障の新しい診断方法に成り得るのではないでしょうか。

参照、引用

・RETINA Medicine vol.7, no.1, 49-54, 2018

http://www2.kuh.kumamoto-u.ac.jp/ganka/kyousitu/naiyou/ryokunaisho.html

・スーパー図解白内障・緑内障, ビッセン-宮島弘子著, 株式会社法研

この記事を書いた人
doctor

横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。日本とアメリカで、癌を早期発見・診断するための分子標的薬の研究に従事。現在は、1人でも多く早期発見することを目標に、予防医療の現場で活躍中。自身も強度近視から生じる網膜疾患を発症。視力と視野の維持のために情報収集をしている際、ネットにおける医学研究の紹介やその内容はまだまだ分かりづらい、と実感。患者さんに「医学研究」をより身近に感じて、自分の病気との関わりを実感してもらえるよう、執筆活動を開始。

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