iPS細胞とES細胞① ~緑内障に応用される日は近いのか~

Regenerative medicine 緑内障と再生医療

躍動する再生医療

2018年5月、大阪大学で世界初となるiPS細胞を用いた心臓の治療を行う臨床研究が承認されたと、いうニュースがありました。このあと間もなくして、iPS細胞で知られる京都大学が臨床研究を目指す機関にES細胞の提供を始めることも発表されました。

また、2017年末から2018年の春までに、世界初のiPS細胞を用いた眼科疾患の臨床研究の成果をまとめた論文や経過報告が発表され、さらに、iPS細胞やES細胞を用いて網膜神経節細胞の作製に成功した論文も発表されました。2018年は再生医療の分野において、躍動感のある年となりそうな傾向がみられました。

緑内障治療と再生医療

そこで、眼科疾患におけるiPS細胞の臨床研究についての最新の動向や、iPS細胞とES細胞を用いた網膜神経節細胞の作製の成功についてご紹介し、そしてその研究が今後どのように緑内障の治療へと繋がるのかを、2回に分けてお話ししたいと思います。

世界初のiPS細胞臨床研究は、眼科疾患の治療

5月の大阪大学のニュースは、世界初のiPS細胞を使った「心臓の」臨床研究についてでしたが、「世界初のiPS細胞を使った臨床研究」は、2014年9月に日本で行われた眼科疾患の治療でした。

この臨床研究は、滲出型加齢黄斑変性の患者自身の皮膚の細胞から作ったiPS細胞を使って網膜色素上皮細胞を作り出し、移植手術を行ったというものです。この成果をまとめた論文が昨年末に発表されました(*1)。

この患者の術後の経過は順調で、拒絶反応もなく、手術をした側の目は視力低下が止まり、安定しているそうです。しかし、手術をしなかった側の目は、残念ながらどんどん視力低下が進んでいるそうです。また、一方で、実用面での課題が明らかになりました。

患者自身の皮膚の細胞から網膜の細胞を作り出すのに、約1年という時間がかかったということ、そして出来上がったiPS細胞の品質評価に数千万円かかり、今回の治療は合計で約1億円の費用がかかった、ということです。

再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト

この問題を解決するため、再生医療用のiPS細胞のストックを作製し、備蓄する事業が進められています。「再生医療用iPS細胞ストックプロジェクト」と呼ばれています。

患者自身の細胞を使って「オーダーメード」の細胞を作製できることがiPS細胞の最大のメリットです。しかし、時間、費用の面で残念ながら実用的ではないので、「既製品」としてのiPS細胞を何種類も作っておいて、それぞれの患者に合ったiPS細胞をすぐに提供できる準備をして備蓄しておこう、というプロジェクトです。

既製品を使ったiPS細胞の免疫拒絶反応を起こさないために

細胞移植の場合、拒絶反応を起こさないようにするためには、血液型のほかに、免疫の「タイプ」を合わせる必要があります。免疫のタイプは何万種類もあり、一卵性双生児以外は親子であっても兄弟であっても一致しないほど、免疫のタイプを合わせるのは難しいといわれています。

この「既製品」のiPS細胞は、免疫拒絶反応が起こりにくい、特殊な免疫のタイプをもつ人の血液細胞から作製します。このタイプは非常に稀で、日本人でのその頻度は約2~4%とされています(*2)。

そこで、日本赤十字社の血小板献血、骨髄バンク、臍帯血バンクの協力を得て、現在、10人以上のドナーを同定し、既に2人からiPS細胞の作製をしたそうです(*3)。この2人からだけでも、日本人の約24%、約3000万人に適合できるiPS細胞を作製することができ、大幅な時間短縮を実現し、「オーダーメード」の1/10まで費用削減が見込めるといわれています(*4)。

そして十分な時間をかけて徹底的に品質を評価し、高い品質のものだけを各大学や企業に提供されています。近い将来には、日本人の免疫タイプの大半をカバーできることを目指し、計画がすすめられています(*5)。

「自分の細胞」と「他人の細胞」を使ったiPS細胞による眼の治療

2017年3月には、滲出型加齢黄斑変性患者の治療として、この「既製品」のiPS細胞で作製した網膜色素上皮細胞の移植手術が神戸で行われ、2017年末までに神戸や大阪で計5件の移植手術が実施されたことが報告されました。

つまり、日本では既に「オーダーメード」=「自分の細胞」を使ったiPS細胞による眼の治療と、「既製品」=「他人の細胞」を使ったiPS細胞による眼の治療が、世界に先駆けて臨床研究として行われ、その治療の成果について、昨年から今年にかけて報告がされているのです。

「他人の細胞」を使ったiPS細胞による治療の成果

では、この「他人の細胞」を使ったiPS細胞による治療の成果はどうだったのでしょうか。

この治療は、多くの日本人に拒絶反応が起きにくい細胞を使っているとはいえ、やはり、なんらかの拒絶反応が起きるのではないかと心配されていました。

まだ実施された5件の症例についての詳細は明らかになっていませんが、うち1件に合併症が起きたことが報告されました。この患者は、移植手術から4か月後に「網膜浮腫」という網膜がむくむ症状が出たそうです。この症状による失明等のリスクは低いものの、むくんだ部分を切除する手術が行われました。

原因を検証したところ、iPS細胞を移植する際の方法や手術そのものに起こりうる合併症の可能性が高く、「拒絶反応の可能性はゼロではないが、メインの原因ではない」という見解に至ったことを病院が発表しました。iPS細胞を使った臨床研究で初めて合併症が報告された、ということだけが先行して報道されてしまいましたが、治療の効果についての詳細な報告に期待したいところです。おそらく、この合併症が起きた患者のその後の経過を含め、その他の症例についても近々、報告されることでしょう(2018年現在)。

iPS細胞を使った治療の臨床研究

臨床研究は、拒絶反応の有無のほかに、iPS細胞ががん化しないか、安全性の確認やその評価、さらに治療成果の短期・長期的検討という、今後の実用化に向けた課題を見つけ、検討していく重要な研究です。臨床研究の実施に向け、網膜以外でも角膜疾患やパーキンソン病、脊髄損傷、輸血用の血小板などでも研究が進められており、iPS細胞でがんを攻撃する免疫細胞を作る研究も始まっています。

次回は、このような最近の再生医療の動向がどのように緑内障の治療へと繋がるのかについて、お話ししたいと思います。

引用、参考、注

*1 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1608368

*2 http://www.jmdp.or.jp/ips-support/

*3 2017年5月末時点のデータ(*3)による

*4 https://www.amed.go.jp/pr/amedsympo2017_05-02.html

*5 https://www.cira.kyoto-u.ac.jp/j/research/stock.html

この記事を書いた人
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横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。日本とアメリカで、癌を早期発見・診断するための分子標的薬の研究に従事。現在は、1人でも多く早期発見することを目標に、予防医療の現場で活躍中。自身も強度近視から生じる網膜疾患を発症。視力と視野の維持のために情報収集をしている際、ネットにおける医学研究の紹介やその内容はまだまだ分かりづらい、と実感。患者さんに「医学研究」をより身近に感じて、自分の病気との関わりを実感してもらえるよう、執筆活動を開始。

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