iPS細胞とES細胞② ~緑内障に応用される日は近いのか~

Regenerative medicine 緑内障と再生医療

iPS細胞やES細胞を用いた網膜神経節細胞の作製

シリーズ2回目の今回は、2017年から2018年の初めにかけて報告されたiPS細胞やES細胞を用いた網膜神経節細胞の作製に成功した研究についてのご紹介と、今後、その成果がどのように緑内障の治療へと役立つのかについてお話ししたいと思います。

前回お伝えした「世界初のiPS細胞を用いた臨床研究」で作製・移植された細胞は、網膜色素上皮細胞という網膜の外側にあるシート状の上皮細胞でした。「網膜の治療ができたということは、もうすぐ緑内障も再生医療で治るようになるのでは?!」と期待を寄せた方も多いと思いますが、残念ながら当時(2014年頃)、その回答としては「再生医療で神経細胞を移植して治療することは、大変困難なこと」という見解が大多数でした。

緑内障を再生医療で治すのは困難!?

皆さんもご存じのとおり、緑内障は眼から脳に情報を伝える網膜神経節細胞(いわゆる視神経)という神経細胞に障害が起こる病気です。つまり、「緑内障の再生医療」は、「神経細胞を移植する」という治療になります。「大変困難」と言われた理由には、神経細胞の形態やその性質に因るものがあります。

神経細胞の形態は、細胞本体とそこから伸びている長い足から構成されています。網膜神経節細胞も、細胞本体は網膜の表面に近いところに存在し、電線のようにその足(以下、軸索と記します)を脳まで伸ばして、眼からの情報を脳に伝えています。この長い軸索が、一つの大きな壁とされていました。

神経細胞の「長い脚」(軸索)を脳につなぐことができるか

iPS細胞やES細胞を用いた網膜神経節細胞の再生を考えた場合、細胞自体を作製することができたとしても、この軸索を正しく脳まで数cm延ばしてつなげることは非常に難しいのです。20年以上前から切断された視神経(網膜神経節細胞の軸索の束)を脳につなぐ研究が行われており、ある程度の数の軸索を脳まで到達させることには成功していますが、それがつながって視機能を回復させることにはまだ成功しておらず、このことから、緑内障に再生医療を適用しようとする研究はあまり行われないであろうと予測されていたのです(*1)。

また、神経細胞は体の外に取り出して解析や評価を行うことが大変難しい細胞です。なぜなら、体内から神経細胞を採取すること自体が非常に困難だからです。特に、ヒトの網膜神経節細胞は中枢神経であるので、採取することができません。本来、病気の病態を評価するには実際に障害となっている組織を採取して解析することが最も有用な手段なのですが、ヒトの眼は神経細胞が規則的に配列された精巧な組織のため、採取そのものが神経障害を引き起こしてしまいます。そのため、これまでヒトの緑内障の研究は、動物モデルなどで研究するしか術がありませんでした。

緑内障の要となる網膜神経節細胞の研究の「光」

その動物モデルでも、採取して培養皿で生存可能な網膜神経節細胞は未熟ものに限られ、未熟な細胞であるために軸索はちぎれてしまって殆どありません。つまり、今までは緑内障の要となる網膜神経節細胞の研究は、ヒトの細胞ではなく動物の細胞でおこなわれており、ヒトの視神経(軸索の束)については、培養皿上では、ほとんど研究されていなかった(できなかった)、ということになります。

このような困難ばかりが叫ばれていた研究状況から数年経った2018年。国立成育医療研究センター(*2, *3)と、東北大学・理化学研究所の共同研究グループ(*4, *5)から「網膜神経節細胞の作製に成功」し、その細胞は「軸索をもった状態」、または「軸索をより長くできる状態」であるという研究成果が発表されました。

軸索をもった網膜神経節細胞の作製に成功

この二つの研究成果は、「網膜神経節細胞の作製に成功」したという点は同じですが、その作製方法や軸索に対するアプローチ法は異なります。両者の研究方法の違いについての詳しい説明は別の機会にご紹介することとして、神経細胞の移植治療は困難とされていたそれまでの見解を覆した点にクローズアップして、お話ししたいと思います。

今回の研究結果で一番注目すべき点は、どちらの研究も「ヒトの細胞から作製した網膜神経節細胞を培養可能にした」ということです。これにより動物モデルではなく、ヒトの細胞で病態の解析をすることが可能となりました。しかも、軸索を保った神経細胞なので、緑内障をはじめ視神経疾患の研究の発展に大きく貢献するであろう、画期的な結果をもたらしました。

ES細胞からも網膜神経節細胞を作製

さらに、国立成育医療研究センターの研究では、iPS細胞からだけでなく、ES細胞からも網膜神経節細胞を作製し、治療法や薬剤の研究において使用できる細胞の幅を広げました。この方法によって作製された細胞は、1-2cmの軸索をもち、かつ、構造・機能ともに十分に成熟したものであったということです。(ちなみに「成熟」というキーワードは重要です。作製された細胞が「成熟」しているということは、実用性が高い、ということを意味します。)

軸索を伸ばす方法を見出した

また東北大の研究では、iPS細胞から立体網膜組織に分化誘導し、そこから網膜神経節細胞を単離する方法を確立しました。その際に、立体網膜組織内で網膜神経節細胞の成熟が進んでいるほど、単離した網膜神経節細胞の軸索を伸ばしやすいことが示唆されました。軸索を伸ばす方法を見出した、ということになります。

これらの研究成果はどのように緑内障の治療へと繋がっていくのか

では、これらの研究成果はどのように緑内障の治療へと繋がっていくのでしょうか。

緑内障タイプに合わせた治療法の発見

例えばiPS細胞を用いれば、遺伝的素因などを反映させた研究ができます。患者由来(皮膚や血液)の細胞をiPS細胞化し、そこからこの網膜神経節細胞を作製すれば、その患者由来の固有因子をもつ「疾患iPS細胞」になります。つまり、その人の「緑内障タイプ」を反映した網膜神経節細胞ができるわけです。この細胞を用いて治療法の研究を行えば、その人に合った治療方法を見つけることができます。

緑内障の新しい診断技術の開発

あるいは、iPS細胞およびES細胞いずれからも作製された網膜神経節細胞に対して、低酸素や加圧などのストレスを加えると、虚血性視神経症や緑内障などの疾患細胞モデルになります。これを解析すれば、疾患の原因や発生過程、病態の分子メカニズムを解明することができます。このような研究から、新しい診断技術が開発されることでしょう。

視神経疾患を治療するための創薬

また、培養皿での解析が可能になったことで、さまざまな治療薬の効果を、時間や濃度など条件を変えて検討することができます。薬物効果はヒトと動物ではしばしば異なるため、ヒトの細胞を使用できない事は、創薬研究の大きな障害となっていました。このヒトの網膜神経節細胞を使用することで、軸索が障害され死滅することを予防、抑制する神経保護薬、あるいは軸索の再生・可塑性を促す神経再生薬の開発など、視神経疾患を治療するための創薬にもつながります。

そしてなにより、どちらの研究も、将来の視神経移植にむけて着実に研究を進めていることに、大いに期待したいところです。

東北大の研究では、iPS細胞から作製した立体網膜組織をすでにサルの視細胞変性モデルや重症免疫不全マウスに移植されており、生体内で成熟及び機能することが形態・組織学的に示されています。臨床応用の可能性が高い組織として注目されています。

国立成育医療研究センターの研究でも、視神経細胞の動物への移植研究も行っており、その研究成果はまもなく発表されるようです。

網膜神経節細胞の再生医療研究に期待

数年前までは「非常に難しい」と言われていた網膜神経節細胞の再生医療研究。しかし、再生医療の移植技術は日進月歩であり、この数年でここまで研究され、大きな成果をあげました。

国立成育医療研究センターのプレス発表では、このようにアナウンスされています。

「この網膜神経節細胞を移植して軸索が脳に到達し、視覚が復元する日が来ると思われます。(中略)今回の研究の成果は、今後の視神経疾患の診断から治療にわたる研究に大きく貢献することができます。失明の恐れがある重症視神経疾患の患者さんにとっても、大きな福音になることでしょう。」

大いに期待して、次のステップとなる研究成果を楽しみに待ちたいですね。

引用、参考

*1 http://www.jst.go.jp/ips-trend/about/qa/no02.html

*2 https://www.nature.com/articles/s41598-017-16727-1

*3 https://www.ncchd.go.jp/press/2017/20171130.html

*4 http://iovs.arvojournals.org/article.aspx?articleid=2672015

*5 https://www.amed.go.jp/news/release_20180327-02.html

この記事を書いた人
doctor

横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。日本とアメリカで、癌を早期発見・診断するための分子標的薬の研究に従事。現在は、1人でも多く早期発見することを目標に、予防医療の現場で活躍中。自身も強度近視から生じる網膜疾患を発症。視力と視野の維持のために情報収集をしている際、ネットにおける医学研究の紹介やその内容はまだまだ分かりづらい、と実感。患者さんに「医学研究」をより身近に感じて、自分の病気との関わりを実感してもらえるよう、執筆活動を開始。

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