自動車の運転と緑内障の研究

glaucoma and drive 緑内障患者のQOL

緑内障と診断されると、車の運転はできない?

緑内障と診断された時、「車の運転ができないと困る!」と思った方は少なくないのではないでしょうか。また、ご自身の視野の状態から運転の危険性を肌で感じ、より慎重に運転をしている方や、自主的に運転を控えるようにしている方もいらっしゃることと思います。

最近は、高齢者の運転や病気の発作による自動車事故が多発しており、自主的な免許返納を促す動きが加速するなか、「自分はいつまで運転ができるだろうか」と不安に感じておられる方も多くいらっしゃると思います。

自動車の運転と緑内障の研究動向

自動車の運転と緑内障の研究、と聞くと、「結局、事故を起こしやすいからやめた方がいい、という研究結果なのでしょう?」と思ってしまいますが、最近の研究の動向は少し違います。

最新のあらゆる技術を用いて、緑内障患者による事故のパターンを視野の欠損部位ごとに分析し、ドライバーがどのような認識をもち、どのように欠損部位を補うトレーニングを行えば、免許を維持できるのか、という研究がおこなわれているのです。

交通眼科という分野での緑内障研究について

そのような「交通眼科」という分野における、最新の緑内障の研究をご紹介します。

日本の普通運転免許の取得・更新は、中心視力が良好であれば視野検査は行われず、たとえ緑内障が末期の状態であっても、中心の視力が「両眼で0.7以上、かつ、片眼でそれぞれ0.3以上」あれば、免許を取得・更新することは可能です。もし、「片眼が0.3未満の場合」でも、もう片方の眼の視野検査を行い、その結果「左右150度以上で、視力0.7以上」であれば、免許を取得・更新することが可能となっています。

視野狭窄があっても、視力検査のみで免許を更新する人が90%

ある調査結果によると、免許更新ができた視野狭窄のある緑内障患者のうち90%の人が視力検査のみで更新し、10%の人が視野検査を受けた上で更新したそうです(*1)。

しかし、免許を更新できても「信号が変わったのにきづかなかった」「対向車のウインカーが見づらい」といった訴えをよく耳にします。信号機などの道路標識の認識や、右折・左折時の歩行者や自転車の確認のためには、中心視力だけでなく、十分な視野が必要であり、視野の狭窄による安全確認不足は交通事故を引き起こしやすいとされています。

視野障害と事故の関係については明らかにされていない

では、運転時に「見えづらいこと」は自動車の事故率にどのくらい影響するものなのでしょうか。

自動車の運転は認知、判断、操作という手順を踏んで運転しています。認知は、目や耳から情報を知覚し、判断するための重要な過程となります。しかし、眼の病気によって視覚に何らかの異常が生じると、認知へ悪影響を及ぼすばかりではなく、判断、操作へも影響を及ぼすことにより、結果的に交通事故へ至る危険性があるといわれています(*2)。

過去の研究には確かに「視覚に異常があると正常な運転者に比べ、事故の確率が○倍高くなる」といった報告が多くあります。しかし、一方で、「緑内障患者は運転に慎重になるため事故率は低かった」という報告もあり、視野障害と事故の関係については明らかにされていません。

緑内障患者用のドライビングシミュレーターが登場

また、自動車事故は、運転者の性格、運転時間、運転技術といった複数の要因から引き起こされるため、視野障害と事故の関連を正しく調べるには運転条件を統一した場での検討が必要になる、ということが指摘されていました。

そこで、登場したのが緑内障患者用のドライビングシミュレーターです。ハンドル操作がないので運転技術に左右されず、スピードも一定。危険を察知したところでブレーキを踏み、事故を回避できたかどうかを判定することに焦点を絞って開発されたそうです。

このシミュレーターを用いることで緑内障患者の事故場面の検討が可能となり、緑内障患者が起こしやすい事故のパターンとその時に関与する視野欠損の位置について、データの収集・分析ができるようになりました。この結果、事故が起こりやすい交通パターンと、それを引き起こす視野の欠損部位をつきとめたのです(*3,*4)。

AIにより緑内障患者の交通事故リスクを推定する研究も

また、最新の動向としてAI(人工知能)を利用した研究も報告されています。緑内障患者にアンケートを実施し、交通事故履歴や運転時の恐怖感などに関するデータを収集・分析し、AI(人工知能)の機械学習により緑内障患者の交通事故リスクを推定していくという研究です(*5)。このようなリスクをドライバーの視野欠損程度に応じて具体的に提示することにより、緑内障患者が自覚し、注意深い運転を心がけることが事故撲滅の近道であるともいえます。

さらに、運転の適性を評価する際に、従来通りの片眼による視野検査の結果で評価をおこなうのは正確な判断ではない、という指摘がありました。皆さんもご経験があるように、現在の視野検査は片眼ずつ行っていますが、運転は両眼でするものです。片眼では良くない結果が出ても、両眼では視野が確保できている緑内障患者も多いはずです。そのため、現行の片眼での視野検査の結果から、両眼での視野を推定できるような検査方法を開発し、両眼の視野の推定値で運転ができるかどうかを判定する、という研究も行われています(*6, *7)。

研究者の願いは、安易に緑内障患者に免許返納させないこと

このような研究に携わっている研究者の共通の願いは、安易に緑内障患者を運転停止、免許返納にもっていくようなことはすべきではないということです。それは、「車」は生活の足であったり、仕事であったり、緑内障患者のQOLそのものであるからです(*5)。

また、残念ながら緑内障は未受診率が約90%、という現実があります。きちんと受診し緑内障と診断された患者さんが免許更新時に損をするようなこともあってはいけません。

そのため、緑内障患者の運転適性を正しく判断してもらえるような、データの収集、分析、研究が現在も行われており、その結果が行政に報告されています。

そして、最終的に、緑内障患者の自動車事故がどういう場面で起こりうるかを予測し、ガイドラインの作成やリスク提示による注意喚起をし、さらには視野欠陥を補うようなドライビングシュミレーターを用いたトレーニング方法や、安全運転指導方法を確立することで、運転免許の取得・更新ができるシステムを構築する、ということが目標とされています(*3)。

緑内障ドライバーへの支援につながる研究開発へ

「交通眼科」という普段私たちは耳にしない研究分野ですが、こうして研究内容をみていくと、とても身近で生活に直結する研究、ということになります。また、その結果が、行政の方針に大きく影響する重要な研究ともいえるでしょう。

緑内障の状態を正しく判断し、豊富で確かなデータから運転できるかどうかの判定をし、視野欠損の補足は講習してもらえるような免許更新システムの早期実現、そして、それらのデータをもとに緑内障ドライバーの支援システムが車に搭載にされるような研究開発にも期待したいと思います。

引用、参考

*1近藤玲子、国松志保他:眼科臨床紀要6(8), 626-629, 2013

*2 http://takatafound.or.jp/support/articles/pdf/150626_12.pdf

*3国松志保: 緑内障と自動車運転. OCULISTA. No49:37-45. 2017

*4 http://bjo.bmj.com/content/early/2016/10/17/bjophthalmol-2016-308754

*5 http://www.takatafound.or.jp/support/interview/detail.php?id=35

*6 http://www.takatafound.or.jp/support/articles/pdf/160615_04.pdf

*7 http://journals.plos.org/plosone/article?id=10.1371/journal.pone.0115572

この記事を書いた人
doctor

横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。日本とアメリカで、癌を早期発見・診断するための分子標的薬の研究に従事。現在は、1人でも多く早期発見することを目標に、予防医療の現場で活躍中。自身も強度近視から生じる網膜疾患を発症。視力と視野の維持のために情報収集をしている際、ネットにおける医学研究の紹介やその内容はまだまだ分かりづらい、と実感。患者さんに「医学研究」をより身近に感じて、自分の病気との関わりを実感してもらえるよう、執筆活動を開始。

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