緑内障と女性ホルモン「エストロゲン」に関する研究
年齢を重ねるにつれ減少していく女性ホルモン。その影響について皆さんがよく耳にする症状は、のぼせ、発汗、倦怠感などの「更年期症状」や「骨粗鬆症」だと思います。しかし、最近、「緑内障」も女性ホルモンの影響を受けている可能性が報告され、注目を浴びています。今回は、女性ホルモンであるエストロゲンに注目した研究と、最新の研究結果についてご紹介します。
エストロゲンに視神経を保護する働き
女性の体は「更年期」と呼ばれる閉経の前後5年間で、卵巣の機能が低下し、女性ホルモンである「エストロゲン」の分泌が急激に減少していきます。その結果、ホルモンのバランスが崩れ、月経周期の乱れをはじめ心身にさまざまな不調があらわれます(*1)。
女性ホルモンというと、月経や妊娠・出産に関係していて、子宮や卵巣に作用するイメージがあると思います。しかし、実はエストロゲンには、子宮や卵巣に留まらず、全身をめぐり、あらゆる組織でレセプター(受容体)と結びつく性質があります。レセプターを介して組織と結合したエストロゲンは、その組織ごとに様々な反応を活性化させ、妊娠や出産に耐えられる健康を維持するだけではなく、血管を丈夫にして動脈硬化を予防したり、骨からカルシウムが溶けだすのを防いで骨量を調節したり、皮膚のうるおいの維持や脳の認知機能にも関わるなど、全身に様々な作用を発揮し、女性の体をしっかり守っていることがわかりました(*2,*3)。
網膜神経節細胞のレセプターと結合して、視神経を保護?
最近の研究で、緑内障の視野欠損に繋がる網膜神経節細胞にも、このエストロゲンレセプターがあることがわかりました。そして、この網膜神経節細胞のレセプターにエストロゲンが結合すると、活性酸素を除去する抗酸化反応が促進され、視神経を保護している可能性も明らかになりました。
それを裏付けるかのように、45歳前に閉経した女性は緑内障になるリスクが2.6倍高くなることや、54歳以降に閉経した女性は緑内障になるリスクが低いという調査結果が報告がされました(*4)。
つまり、エストロゲンが女性の体内でより長い期間分泌されていることで、視神経が保護され、緑内障になるリスクを低下させているのではないか、と考えられるようになったのです。
ホルモン補充療法で緑内障を予防できる!?
仮に「エストロゲンが分泌されていること」が緑内障の予防に繋がっているとしたら、手術や閉経により極端にエストロゲン量が減少した場合は、どうなのでしょうか。
手術や閉経によりエストロゲンが減少した場合は、ホルモン補充療法を受けることができます。ある研究によると、このホルモン補充療法を卵巣摘出後に受けた女性は、受けていない女性よりも緑内障を発症するリスクが減少することがわかりました(*5)。さらに別の研究では、ホルモン補充療法と眼圧の低下との関連が報告されました(*6)。
経口避妊薬の3年以上の使用が緑内障のリスクを高める
しかし、同じ「ホルモン治療」でも低用量ピルを使用した場合は、注意が必要です。経口避妊薬(一般的な飲むタイプのピル)を3年以上使用したことがある女性は、ピルを使用したことがない女性に比べて緑内障や眼圧症にかかるリスクが約2倍に高まっていたとする調査結果が報告されました(*6)。ピルによって自然な月経周期とは異なる、周期的な変動が影響し、緑内障の発症に関係している可能性があると報告されています。
エストロゲンの視神経保護・眼圧低下の効果は、女性だけのもの?
では、エストロゲンが持つと考えられている、視神経の保護や眼圧低下の効果は、女性だけのものなのでしょうか。
よく男性ホルモン、女性ホルモンといわれますが、女性にあるホルモンが女性ホルモン、男性にあるホルモンが男性ホルモンと思い込んでいませんか? 実は、男性の体内でも女性ホルモンが作られており、女性の体内でも男性ホルモンが作られています。
閉経後の女性や男性の体内でもエストロゲンは作られている
女性は、閉経によってエストロゲンの量が閉経前の1/10~1/100ほど少なくなりますが、全く無くなるわけではありません。閉経を境にエストロゲンが作られる「場所」が変わるのです(*2)。閉経後の女性の体では、卵巣からのエストロゲンの分泌は停止し、副腎皮質から分泌される男性ホルモンが、脂肪細胞などに存在する「アロマターゼ」と呼ばれる酵素の働きによって、エストロゲンに変換されます。
男性の体では、もともと存在する男性ホルモンの一部が、やはりアロマターゼによりエストロゲンに変換されています。つまり、アロマターゼという酵素があれば、男性でも、閉経後の女性でも、体内にある男性ホルモンを利用してエストロゲンを作ることができるのです。男性のエストロゲン量は、更年期の女性と同じ程度の量だといわれています。
エストロゲンの作用機序の解明に期待
最近の研究で、網膜の中にこのアロマターゼが存在しており、眼の中でエストロゲンが局所的に作られていることが明らかになりました(*4)。
また、日本人を対象とした最新の研究(*7)では、眼に疾患をもつ閉経期の女性のエストロゲン濃度は、血清中よりも硝子体内の方が高いことがわかりました。これは、眼の疾患によって眼内環境が変化した際に、網膜中のアロマターゼが活性化され、エストロゲンが硝子体内に多く発現したと考えられています。
以上のことから、アロマターゼによるエストロゲンの制御が、眼疾患におけるあらゆる反応に関わっている可能性も明らかになってきました。
エストロゲンは緑内障患者の視神経損傷を保護している可能性が高い
第121回アメリカ眼科学会においても、「エストロゲンは、緑内障患者の視神経損傷を保護している可能性が高い」ということが発表されました。そして、現在、神経保護治療薬の開発に向けた、エストロゲンの作用機序解明の研究が進められています。
また、この「性ホルモン」という視点から、男女の差(性差)からエストロゲンの働きを明らかにし、より一人ひとりの背景や病状に合った診断や治療の提供を目指した研究も進んでいます。
新たな視点からの研究に期待し、また、新しい研究が発表され次第ご紹介していきたいと思います。
参考、引用
*1 https://ko-nenkilab.jp/menopause/about01.html
*2 Dr.クロワッサン. 2018.5.12. マガジンハウス
*3 https://yomidr.yomiuri.co.jp/network/20170516-OYTEW210442/
*4あたらしい眼科vol.35 No.6. p761-767, 2018
*5 https://www.aao.org/newsroom/news-releases/detail/hormone-replacement-therapy-may-protect-against-ey
*6 https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20160510-OYTET50008/