緑内障とミトコンドリア ~様々なミトコンドリア研究~

glaucoma_mitochondria 緑内障治療の最前線

緑内障の病態において重要な役割を担う「ミトコンドリア」

昔、生物の教科書に出てきた細胞小器官である「ミトコンドリア」。このミトコンドリアは、緑内障の病態において重要な役割を担っており、緑内障におけるミトコンドリアの研究は幅広く行われています。今回は、様々なミトコンドリアの研究についてご紹介したいと思います。

ミトコンドリアとは

ミトコンドリアは、細胞内に存在する小器官の一つで、一細胞あたり100個から2000個程度含まれています。私たちが摂取した食物からエネルギーを取り出して、体内で利用することのできるATPというエネルギーに変換してくれます。このエネルギーを消費することで代謝反応を進めたり、体を動かしたりすることができるのです(*1)。

また、ミトコンドリアは独自のDNAを持っています。そのため、ミトコンドリアDNAにおける突然変異が原因で起こる疾患も数多く存在します(*2)。

ミトコンドリアはどのように緑内障の病態に関わっているのか

では、ミトコンドリアはどのように緑内障の病態に関わっているのでしょうか。

まず、マウスの緑内障モデルを用いて視神経軸索内の様子をライブイメージとして観察することに成功した研究(*3,4)をみてみましょう。

眼圧によって視神経の軸索内の輸送が止まると視神経が死滅する

眼圧依存性の緑内障における視神経が死滅するメカニズムは、眼圧によって視神経の軸索内の輸送が止まってしまうためだと考えられていました。神経細胞の軸索の中には、神経細胞の活動や生存のための多くの物質が運搬されています。この軸索内の輸送を「軸索流」と呼びますが、実際に軸索流が止まる様子を確認したという報告はありませんでした。

福井大学の研究グループは、軸索内で輸送されている物質として、最もサイズが大きいミトコンドリアを観察の対象としました。そして、ミトコンドリアを蛍光標識したマウスを用いて、視神経軸索1本1本の内部を活発に輸送されるミトコンドリアの動画を、解剖をせずに自然な状態で撮影することに成功しました。

ミトコンドリアの輸送が止まり、視神経が死滅することが観察

この軸索流の観察から、眼圧の高いマウスではミトコンドリアの輸送が止まり、その後、視神経が死滅することがわかりました。さらに、軸索の中で、ミトコンドリアが無くなっている領域が広がっていくことや、ミトコンドリア自体の長さが短くなっていることも明らかになりました。

視神経のミトコンドリアで適正眼圧を判定

緑内障は目薬や手術で眼圧を下げる治療が行われていますが、視神経の眼圧に対する強度は個人差が大きく、どこまで眼圧を下げればいいのかを判断する方法がありませんでした。今回の研究が実用化されれば、軸索流を観察することで、視神経が弱ってきているか否かをミトコンドリアの様子から判定することができ、患者さんの現在の眼圧が視神経にとって適切なのかどうかを見極め、治療方法を選択することが可能となると期待されています。

緑内障におけるミトコンドリア機能障害

次に、ミトコンドリアの内部で起こる変化について詳しくみていきましょう。

これまでの研究から、緑内障では網膜神経節細胞のミトコンドリアが損傷を受け、その機能が低下することにより、網膜神経節細胞死を引き起こすと考えられてきました。この現象を「緑内障におけるミトコンドリア機能障害」といいます。

回復に必要なエネルギー不足や過剰な活性酸素の産出

ミトコンドリア機能が低下すると、細胞は正常なエネルギーの生成ができなくなります。緑内障では、このミトコンドリアが関わっているエネルギー生成のプロセスがあちこちで狂ってしまうことで、損傷をうけた部位を回復させるのに必要なエネルギーが不足してしまったり(*5)、過剰な活性酸素を産出してしまったり(*6)していることが明らかになりました。

そのため、最近の研究では、ミトコンドリアから過剰に産出される活性酸素を減少させ、ミトコンドリア機能の回復させる方法が探索されています。これは、「酸化ストレス」「抗酸化作用」というキーワードに繋がっています。

「抗酸化剤」の摂取効果への期待

その有効な手段として注目を浴びているのが、「抗酸化剤」の摂取です。その中でもコエンザイムQ10(CoQ10)は、体内で生合成されている脂溶性の生理活性物質で、ミトコンドリアのエネルギー生成のプロセスに直接関与し、食事やサプリメントで補うこともできることから、その効果が期待されています(*7)。

ミトコンドリア機能を回復させる研究

最新の研究では、ミトコンドリア機能障害は、緑内障だけでなく糖尿病や脂質異常症などの生活習慣病、あるいは癌などの悪性疾患にも密接に関係していると考えられています。

今後は、疾患ごとにミトコンドリアの機能を回復させる研究がすすみ、その成果が各疾患に共通して重要になってくると思われます。

緑内障においては、「抗酸化剤」や「ミトコンドリア機能の回復」の治療によって、ミトコンドリア障害が強い患者さんのエネルギー合成を高めることで、視力を改善させることができるのではないかと考えられており、今後の研究に期待が寄せられています。

 

引用、参考、参照

*1 https://rikei-jouhou.com/mitochondria/

*2 https://www.weblio.jp/

*3 https://www.nips.ac.jp/release/2015/08/post_301.html

*4 http://www.qlifepro.com/news/20150818

*5 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19225343

*6 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3102025/

*7 あたらしい眼科vol.35 No.6.p761-767, 2018

*8 https://www.glaucoma.org/news/small-study-shows-potential-neuroprotective-effect-of-combination-supplement-in-glaucoma.php

この記事を書いた人
doctor

横浜市立大学大学院医学研究科博士課程修了。医学博士。日本とアメリカで、癌を早期発見・診断するための分子標的薬の研究に従事。現在は、1人でも多く早期発見することを目標に、予防医療の現場で活躍中。自身も強度近視から生じる網膜疾患を発症。視力と視野の維持のために情報収集をしている際、ネットにおける医学研究の紹介やその内容はまだまだ分かりづらい、と実感。患者さんに「医学研究」をより身近に感じて、自分の病気との関わりを実感してもらえるよう、執筆活動を開始。

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